私は多くのものを見て、多くのものを忘れた。 その中でも未だに胸に残るものが、その記憶だ。

第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット

——あれは、どれほど前の出来事だったろう。

私は多くのものを見て、多くのものを忘れた。

その中でも未だに胸に残るものが、その記憶だ。

騎士王「今年の冬は一段と厳しいそうだ。

いくつかの村を解体しなくてはなるまい。

ようやく北の蛮族(ピクト人)たちを追い払ったというのに。

凶事ばかり続くな、ベディヴィエール。」

その日、王は物見の塔で黄昏れていた私の元に現れた。

共の従者も連れず、ひとりで、ふらりと。

王は少年の姿に見えるが、その実、この時の私とあまり変わりのない年齢だった。

王は16歳の時に岩に刺さった選定の剣を抜き、ブリテンを統べる王になった。

以降、王の肉体は歳を取らなくなったという。

精霊の加護というが、私には呪いに思えてならない。

この小柄な少年王は私など足下にも及ばない激戦を駆け抜け、ブリテンに勝利をもたらした偉大な方だった。

ブリテン人でありながら異民族たちを先導して国土を荒らした卑王ヴォーティガーンを討ち、内乱にあけくれる諸侯たちを纏め、北のピクト人たちの信仰を食い止め、大陸から押し寄せる雲霞の如き異民族(サクソン人)をことごとく撃退し、ブリテン島最大の都市、ロンディニウムこと華のキャメロット城を復元した騎士たちの王。

それがこのお方、アーサー王だ。

この方がいるかぎりブリテンに滅びはなく、また、苦しみが蔓延する事はないだろう。

騎士王「そうではないぞ。

国土は変わらず荒廃している。

豊かなのはキャメロットと、その周辺だけだ。

村を失った人々をキャメロットに収容するにしても、それでは人の生活とは言えまい。

土地を耕し、日々を重ね、子を育ててこそ後の繁栄に繋がる。

人々を庇護するばかりでは未来がない。

狭い輪は、必ず閉じていくものだからな。」

連日の勝利と栄光に浮く円卓の騎士たちと違い、王は常に険しい顔をしていた。

……キャメロットが復元する前。

まだ王が正体を隠して島を旅していた頃はよく笑ったものだ、とケイ卿は言っていた。

しかし、今はその面影はない。

王はひとり、島の未来に待つ暗雲を見据えていた。

夕暮れ時の郷愁からか、私はこの時、王に気弱な質問をしてしまった。

それは円卓の席を許された時からの疑問であり、不安だった。

“なぜ私のような取り柄のない騎士を、円卓の騎士に選ばれたのです?”

騎士王「他の騎士たちに劣っているから相応しくないと?

ばかもの。

それは私も同じだ。

体格では皆に及ばない。

剣技でも私を上回る者は何人もいる。

単純な強さ、弱さで人の繋がりを計ってはいけない。

敵と味方、善と悪、利益と不利益。

それらがすべて別のもののように、円卓の騎士たちの役割もまた違うものだ。」

味方と敵。

善と悪。

味方とは善であり、敵とは悪である。

だが、それらは違うものだと王は語った。

意外な言葉だった。

この戦乱の時代、その観点で全体を俯瞰していた騎士はこの方だけだったろう。

そして王はおそらく、今の言葉を他の騎士たちには語っていない。

これは私にだけ語ったものだった。

それも突然だ。

王は今、こう言ったのである。

“侵略者(サクソン人)たちは我々の敵ではあるが、決して悪ではない”のだと。

そんな事を口にすれば、騎士たちの多くは王を批難するに違いない。

騎士王「……そうだ。

彼らとて生きる為に、この島に土地を求めてきた。

我らにとって彼らは敵だが、その行為は悪ではない。

その願いの本質は善なるものだ。

そして善なるものであれば——

彼らがいずれ、この島にとって重要な役割を果たす時もくるだろう。

人間である以上、争いは生じる。

それが敵と味方に別れるのは利益と不利益によるもの。

私たちは今、それが両極端の時代にいる。

どちらかが滅びねば立ち行かない、冬の時代だ。

そんな中に強さだけで結ばれた円卓を作るなど、私は考えたくもない。

それでは悪に堕ちる。

我々は敵を倒す為に結束したのではない。

我々は、同胞たちの明日の為に剣を取った。

だから——

だから、多くの役割が必要なのだ、ベディヴィエール。

このキャメロットが華やかなのは力で作ったものだからか?

違うだろう?

ここは多くの人々の夢で出来たものだ。

いつかこのような理想の都を人間だけの手で作りたい。

そういった願いでかろうじて成立しているものだ。

だから卿のような騎士が要る。

私やガウェインでは見落としてしまう人々の暮らしを、つぶさに感じ取れる心細やかな騎士が。」

……今でも、思い出すたびに胸が痛くなる。

この時の王がどれほどの絶望を抱いていたか、後に、マーリンの口から聞かされるまで知らなかった。

愚鈍で、軟弱だった当時の私はこう応える。

“私には難しい話です。

ですがキャメロットの暮らしは私も好きです。

先日も、トーマスの家で子供が生まれました。

双子の、とても愛らしい姉妹で——”

なんと平凡な返答だったのだろう。

思い出の中の私は、それを満足げに、楽しげに語っている。

騎士王「——まったく、純朴なベディヴィエール卿らしからぬ悩みを聞いたものだから、心配してしまったが——

卿の日々が充実したものであるなら私も嬉しい。

日々を生きる糧になるというものだ。」

——夕暮れに、金砂のような髪が揺れている。

私はこの時、ようやく王の真実に触れた気がした。

騎士たちはもうずいぶんと王の笑う姿を見ていない、と恐れていた。

そうではない。

そうではないのだ。

この王は己の事で笑うのではなく。

他人の幸福な姿を見て、穏やかに微笑むのだと。