物語は、誰かを楽しませるものでなくてはならない。自分ではなく、誰かのためのものでなくてはならない。

幕間の物語(女性鯖)

シェヘラザード「っ、く、あ……ああっ……!」

(倒れる音)

マシュ「シェヘラザードさん!」

「こんなの、戦闘系でもキツいのに……!」

シェヘラザード「っ、はあ、はあっ……。

ぅ……かはっ……。」

マシュ「待ってください、すぐに医務室に!」

シェヘラザード「いえ!

いえ……いいの、です。このまま。

このまま、少し、休みますから。

どうか——続きを。

物語の続きを。

最後の、続きを……。」

マシュ「でも……。」

シェヘラザード「聞くだけ、です。

この、貴方たちという長きに亘る物語の極致。

人理焼却という悪辣極まりない蛮行と、人理修復という過酷極まりない偉業の終着点。

ここに至っては、もう、目を閉じてその物語を聞くだけで充分。

教えてください。

貴方たちの旅の終わりを。

そして、あの方の——終わりを——」

マシュ「……………………。

わかりました。

それでは話しましょう。

わたしたちが、終局特異点——

冠位時間神殿、固有結界ソロモンに向かってから。

何が起こったのかを——」

シェヘラザード「…………? ……っ……。

ここは…………?」

「医務室だよ」

シェヘラザード「マスター……。」

フォウ「フォウ、フォウ。」

マシュ「目を覚まされたようですね。

よかったです。

話が終わった瞬間、今度こそ本当に昏倒されてしまったので、慌ててここに運んできた、という次第です。

……あ! 駄目です、まだ動いては!

命に関わる深刻なダメージこそないですが、これまでの無理が確実に蓄積しているという話で——

…………え?」

「なぜ ここで ドゲザ!?」

シェヘラザード「……おわかりのはずです。

なぜかと問われれば、こう答えるしかありません。

知ったから、だと。

貴方たちの旅路という物語を知り。

そして、それを見守り続けてきた方の物語を知りました。

そして……私は、事前に記録を見ていたのです。

私ではない私、けれども私である事だけは確かな私を。

だから——

私は、貴方たちに自分が何を言ったのかを、知っています。」

マシュ「…………。」

シェヘラザード「私は分かっていなかった。

ただ“死の恐怖から逃げたかった”。

それ(死)が無い場所で永遠に消えたかった。

ですが、それはただの虚無にすぎない。

自らの命、自らの時間に背を向ける行いでした。

……そう。

死後に安らぎを求めたとしても。

“求められる事は無い”という事と、“もうやり残しは無い”という事は違うのです……

私の生にはまだ多くの未練、多くの未達成があった……

まだ、“やるべき事”は数え切れないほどあった……

だから……羨むなど……お話にもならなかったというのに……。」

「あなたは、それを理解したくて……あの人がいたときの話を、聞きたかったの?」

シェヘラザード「——理解。

そうですね。そのとおりです。

知識として知ってはいましたが、それだけでは足りなかった。

本当の意味で、理解したかった

可能な限りの臨場感や真実味を体験して。

不遜ながらも、傲慢ながらも、理解しきれるものではないと分かっていながらも——

もし私が、貴方たちと、そして彼と、共にずっとその物語を体験していたなら、と。

できるだけ、それを自らの内に想像できるように。」

「……………………。」

シェヘラザード「物語とは——想像する力。

そして、共感する力です。

その語り手なのに、私は、想像も共感もないままの物語を……

誰かに教えられただけの物語を誤読し、言葉を紡いでしまった。

他人の言葉を鵜呑みにして、自分の願望の形に当て嵌め、一方的に羨んだ——

そんなものは、けっして、正しい物語のかたちではありません。

誰の考えでもない、“自分でもそう思う”という自らの物語(共感)を通して、はっきりとそれがわかったからこそ。

だから——こうしています。」

マシュ「その……理由は分かりました。

ですが、どうか顔を上げてください。」

シェヘラザード「二度と上げない事も、覚悟しております。」

フォウ「フォウ!?」

シェヘラザード「これは……

普段の『死から逃れる』ための土下座ではありません。

たとえ、マスターの手に剣があろうとも……私は……。」

マシュ「シェヘラザードさん……!」

「なんでそこまでするんですか!」

シェヘラザード「だって、私はそう感じました!」

マシュ「——っ。」

シェヘラザード「先程言ったとおりです。

もし貴方がたと同じ時間を生きた私が、あの私の言葉を聞いたなら。

この女はこうすべきだ、と思います。

それを“物語”で追体験したのです。

自分の物語を、物語というものの力を、私は知っています。

だからこそ、です。

それは“真実”なのです——!」

「でも、あなたは死にたくないのでは?」

シェヘラザード「……それは当然です。

私は私ですから。

ですが——

今までが恵まれすぎていたのかもしれません。

私が弱い事を貴方は充分に知り、できるだけ戦いから、死から遠ざけようとしてくれた。

……僥倖でした。

それはこの、語り手として致命的な失敗をしてしまった者には到底ふさわしくない、幸せすぎるサーヴァントの在り方。

そのツケを払うときが来た、という事になるのでしょう——」

「そのツケは取り立てません!」

シェヘラザード「!??」

「シェヘラザードさんがどう思ったとしても、自分はエターナル土下座とか勘弁です」

マシュ「はい。

謝罪の必要なんてありません。

逆に、わたしはとても誇らしいです。

シェヘラザードさんほどの“物語を知る者”が、わたしたちの——いえ、

……とにかく、本当にありがとうございます。

とても、とても嬉しいです。」

シェヘラザード「ですが……それでは……私の気が済みません……。

私は確かに、この女には償いが必要だと——。」

「じゃあ、語ってください」

シェヘラザード「…………!」

そう——誰かに、その旅のことを。

“そこにいた彼”のことを——

語ってほしい。

“彼の物語”として、語ってほしい。

そうしてくれたら、とても嬉しい。

マシュ「——はい。

わたしも、それを望みます。

ドクターだけでなく、先輩や、他のサーヴァントの皆さんの活躍も同じかと。

せっかくあんなに話したのですから、あれっきりというのは勿体ないです!

わたしたちのような素人がとりとめなく喋った事を、ちゃんとお話のプロの人にまとめて再構成してもらえるのなら、これほど有意義な事はありません!

特に……カルデアの公式記録としてあの人理修復の過程をどこまで残しておけるかは、いささか不透明な部分もありますので。」

シェヘラザード「……ああ……それが、貴方がたの、望み……。」

自分に向けられる、マスターの笑顔で。

大事なことを思い出したような気がする。

今まで私は『自分が死なないために』物語を使ってきた。

そうする必要があったから。

そうしなければ死んでいたから。

でも、それは物語としては間違った使い方。

本当は、やっぱり——

物語は、誰かを楽しませるものでなくてはならない。

自分ではなく、誰かのためのものでなくてはならない。

子供のころ、読みふけった本のことを思い出す。

あれも、誰かのために書かれたから自分に届いた。

同じことを、自分もしていいのだ。

すべきなのだ。

自分に、できるだろうか?

わからない。でも、やってみよう。

シェヘラザード「(少なくとも……この王のもとでは。

私は、物語を、『殺されないための道具』として使う必要はなさそうですから——)

……わかりました。

約束しましょう。

私は、貴方がたの物語をこれからも語っていくと。

形のない言の葉の物語だからこその強度、というものもあります。

マシュさんが危惧されているとおり、もし人の世の事情で貴方の物語がなかったことにされても。

私は、私だけは、語ります。

千と一の夜を越えた先でも、きっと、語っています——

この世で最も新しい……

人が世界を救った物語を。」