ふたたび彼女が召喚されたとしても…座から、記録の類を持ち込む事は絶対にない。——無論、彼女が愛を得た場合に限りますがね。

幕間の物語(女性鯖)

——アサシン・静謐のハサンの異常について。

第一証言者はアーチャー・アーラシュ。

カルデアの廊下で不意にアーラシュと遭遇した彼女は、意図せずに彼と接触してしまった模様。

マスターに対して盲目的になっている彼女が不意の遭遇に対応できなかった事は推して知るべし。

結果、彼女はアーラシュに触れてしまった。

言うまでもなく彼女の肉体を構成する毒素は超常の領域にあり、魔力で編まれた衣服であろうとも、容易に浸透して効果を発揮する。

サーヴァントであれば粘膜接触以外では死亡はすまいが、多少の影響はある。

いくらかの痺れ、目眩、などはあって当然。

だが。

アーラシュ・カマンガーは高い毒耐性を有している。

彼女の接触に対して、彼は平然としていたようだ。当然だ。

彼女……静謐のハサンの言動に異状が発生したのは、この時からである。

第二証言者、マシュ・キリエライト。

第三証言者、カルデア職員ABCD(氏名は伏せる)。

マスターのマイルーム前にて、何もせず、じっと俯きながら佇んでいた彼女の姿が報告されている。

一度ならず二度ならず。

この二日間だけで、五度、同様の証言があった。

明らかに、彼女は動揺を行動として表面化させている。

精神的な問題を抱えている事は間違いない。

…………理由は明白。

触れても死なぬ者がマスター以外にもいるのだと、ついに実感してしまったのだ。彼女は。

是は、もはや時間の問題でもあったものの——

アーラシュとの接触以降、とりあえず彼女はマスターに対して平静の仮面を被っているようだが、一刻も早く対処を行わなくては、レイシフト先での活動にも支障を来す可能性があるだろう。

《以上、パラケルススによる記録》

(中略)

パラケルスス「シミュレーターでの戦闘、ご苦労様です。

静謐のハサン。

マスターと共に戦いの場にさえ立てば、貴方の内なる悩みも霧消するものと思っていましたが。

一目散に自室へ逃げ帰る、とは。

重症ですね。」

静謐「…………扉には鍵を掛けたはずですが。」

パラケルスス「魔術師ですよ、私は。

そして、医師でもある。」

静謐「サーヴァントに医師などは不要のものです。

退室を望みます。」

パラケルスス「——その前に、たとえ話をひとつだけ。貴方に。」

静謐「そんなもの……」

パラケルスス「昔話でもあります。

あるところに、ひとりの、毒の娘がいました。」

静謐「————————。」

パラケルスス「毒の娘は、多くの人を殺しました。

その名が示す通り、娘の体は毒で出来ていたからです。

娘は求めていました。

自分が触っても死なず、微笑み掛けてくれる誰かを。

娘は求めていました。

多くの人々のように、自分も、誰か寄り添いたいと。

娘は求めていました。愛を。

ひとりめの男は駄目でした。

死んでしまった。

囁いて、口付けをしたらたちまち死んだ。

ですが……

ふたりめ。とある少女。

彼女はおおよそ全能であって、毒をものともせずに、娘の肌に触れました。

そして、微笑んだ。」

静謐「…………それは……ほ、本当に……?」

パラケルスス「たとえ話、ですよ。

昔話でもありますが。

毒の娘は思いました。

ああ、この少女こそがそうだ。

求め続けたモノだ。

自分が探し続けた相手だ、と。

娘は歓喜しました。

娘は熱狂しました。

全能の少女を主人と認めて、少女のために働きました。

多くを殺して、多くの魂を集めて……」

静謐「…………魂喰い…………?」

パラケルスス「さあ、どうでしょう。

そういう事もあったかも。

どうあれ娘は多くを殺して回ったのです。

そして、ひとりの少年と出会いました。

優しい少年でした。

気高い魂の持ち主で、戦いの場に姿を見せた毒の娘の身さえ案じてみせた。

自分は、その娘に殺されるというのに。

——娘は、少年を殺しました。

毒の唇で口付けて。

彼の優しい心根を感じながらも、無慈悲に。

それからまた、娘は全能の少女の配下として多くを殺す日々を過ごしました。

そんなある日、毒の娘はとある男から贈り物を貰い受けました。

——魔術によって動く死体(リビングデッド)となった、件の少年を。」

静謐「…………贈り物。」

パラケルスス「男は言いました。

毒の娘よ、死ななければ誰でもいいのでしょう、と。

全能の少女に貴方が仕えるのは、愛のためではない。

ただ、死なないからだ。

ならば、この死体で充分でしょう、と。」

静謐「…………。

…………その、毒の娘は……どう言ったのですか。」

パラケルスス「さあ。」

静謐「その娘は……

どちらを愛したのですか、少女と、少年の死体……」

パラケルスス「さあ。

それは彼女だけの物語の結末です。

貴方のものではない。

少なくとも、彼女は結末を秘めたまま眠りに就いた。

二度と覚める事はない。絶対に。」

静謐「…………………キャスター・パラケルスス。」

パラケルスス「はい。」

静謐「では、貴方は私にこう言うのですか。

今、この私の中にある迷いは——渦巻く想いは——

愛では、ないと……。」

パラケルスス「さあ。どうでしょうね。

そもそも貴方は、愛が何かを知っていますか?」

静謐「それは——」

パラケルスス「静謐のハサン。

迷うのもいいでしょう、惑う事も。

それはきっと貴方だけの物語だ。

ここにいる霊基(あなた)。

カルデアに於ける現界は、今を生きる貴方だけのものなのです。

記憶も想いも後には残ることはない。

人間と同じく。

死ねば、そこで英霊の霊基は終わります。

ですから、ハサン・サッバーハ。

たとえば貴方が胸に秘めた想いと迷いの赴くままに、感情と、衝動に沿って生き抜くのだとしても……

私は止めません。

間違っているとも言いません。」

静謐「………………………………!!

………………それなら。私。私。

……パラケルスス。パラケルスス。

私、どうしても、マスターに伝えたい事があって——」

パラケルスス「では、お行きなさい。

止めはしませんよ。」

静謐「ありがとう。

キャスター・パラケルスス。」

アーラシュ「聞き耳を立ててた訳じゃあないんだがね。

どうにも視えちまうもンでね。

随分と適当な事を抜かしたように視えてるぞ、あんた。

記憶は残らない、ってか?」

パラケルスス「別段、嘘を言ったつもりはありません。

ゆえにああして断言しました。

静謐のハサン。

あれは我々とは些か霊基の在り方が違う。

ふたたび彼女が召喚されたとしても……

座から、記録の類を持ち込む事は絶対にない。

——無論、彼女が愛を得た場合に限りますがね。

愛を知った静謐のハサンは、二度と、召喚されない。

その想いを抱いて永久に眠り続けるのみ。

たとえ聖杯や特殊な魔術式を以て召喚を行っても、応えて現界するのは別の霊基(かのじょ)となりましょう。」

アーラシュ「…………実際、あいつはソレだしな。」

パラケルスス「ええ。完全な別人ですよ。

今の彼女と、私たちが彼方の聖杯戦争で出逢った彼女は。」

アーラシュ「俺たちだって別人さ。

多少の差はあれど、サーヴァントってのはそういうもんだって話だぜ。」

パラケルスス「まさしく、その多少の話ですよ。

ふふ。

そして……ええ、次の召喚でもきっとそうなのでしょう。

特異点やカルデア召喚式などの特殊例でなければ、我々にも、記憶の断片的な引き継ぎ等は発生し得ない。」

アーラシュ「何とも。難儀なもンだ。」

パラケルスス「ええ。貴方も、私もね。」