聞くところによれば蝙蝠や鯨にはエコーロケーションなる機能が存在するとか。もしやトリスタン卿もその一種なのでは?

幕間の物語(男性鯖)

——手放したものがあり、

——失ったものがある。

手を伸ばしたところで距離は無限に遠く、ただ悲嘆を強くさせるばかり。

だから、その徒労感と共に諦めて手を下ろす。

ああ、きっとそこから間違えている。

この手は、やはり——

(ポロロン……)

マシュ「この竪琴(ゆみ)の音は——

どうやらトリスタンさんのようです。」

「いつもより悲しい音だ」

マシュ「普段のあの方の曲は、冷たい響きとお温かなリズムが同期したような曲ですが、こちらは——

海の底にひとりぼっちでいるような、そんな悲しさがあります。」

ベディ「おや、トリスタン卿は何やら悲しいことでも思い出したようですね。」

マシュ「ベディヴィエールさん……。」

「悲しいことを?」

ベディ「卿が奏でる曲は彼の心情をよく映し出しています。

楽しいときは楽しい曲を。

悲しいときは悲しい曲を。

その他、細かな心情を指先一つで表現します。」

モードレッド「なんだあのトリ公。

またぞろ何か落ち込んでやがるのか!」

マシュ「モードレッドさん!」

ベディ「モードレッド。

トリスタン卿の悲愴に心当たりは?」

モードレッド「あるわきゃねーだろ。

……まあ、でも何だ。

パレードでも寝倒す自分本位な神経持ちのアイツが落ち込んでるってんなら……。

我らが王についてか、さもなきゃ女の話だろうな

どっちにしてもアイツにとっての厄ネタだろ?」

ベディ「確かにそうですが……。」

「パレードで寝た?」

ベディ「はい……。

とある遠征で勝利を収めた我々は、王と共に華々しく凱旋。

国民に熱狂的な歓声と共に出迎えられたのです。

……が、その際トリスタン卿は寝ながら馬を歩かれていました。

さすがにランスロット卿が窘めたのですが、多分その間も寝ていました。」

モードレッド「というかアイツ、元々寝てるんだか寝てないんだかわかりゃしねえツラだしな!

いっつも余程のことがない限りは目を閉じてるし。

その癖、周囲は把握してるし。」

ベディ「聞くところによれば蝙蝠や鯨にはエコーロケーションなる機能が存在するとか。

もしやトリスタン卿もその一種なのでは?」

マシュ「あながち大嘘とも言い切れませんね。」

モードレッド「だとしたら間違いなく蝙蝠だな!

人間か鳥かどっちつかずだし!」

ベディ「いえ、それはどちらにも失礼かと。

トリスタン卿の神経はまさに異界の不思議さです。

繊細さと図太さ、儚さとどうしようもなさが同居したそれは、壁のような生き物でありながら涙する事もあるあの動物……

ええ、鯨に喩えるのが最適ですね。」

モードレッド「げ!」

マシュ「あ、トリスタンさん。」

トリスタン「参上致しました、マスター。

私の名を呼びつつ、何やら悪口雑言が撒き散らされていたようなのですが。」

「コーモリだとかクジラだとか」

トリスタン「それは……ふむ。

蝙蝠は話にならないセンスですが、鯨はなかなか。」

モードレッド「え、マジか。」

ベディ「ほらね。

こういう男なのです、鯨(かれ)。」

モードレッド「なんでだよ!?

蝙蝠は空を飛ぶし、血を吸うし、鯨より格好良いじゃねえか! 悪役っぽくて!」

トリスタン「…………ああ、私は唐突に悲しい。

貴方の“美しい”は悪役にあるのですね……。

その考えは騎士として改める必要があるかと。

無論、心ないベディヴィエール卿にも。

ふふふ、指が疼きます。

しばらくぶりに戦いの曲でも奏でましょうか。」

モードレッド「おっとトレーニングの時間だ、じゃーなおまえら!」

(走り去る音)

ベディ「私も図書室に本を返す用を思い出しました。

三度目なので今度こそ返却しなくては。」

(走り去る音)

トリスタン「…………ふぅ。」

マシュ「トリスタンさん、怒っていらっしゃるのですか?」

トリスタン「いいえ、まったく。

モードレッド卿が賑やかなのはいつもの事です。

ベディヴィエール卿が私に厳しいのも、まあ。

ですがこのトリスタン、伊達に嘆きのトリスタンと謳われてはいません。

受けた悲しみはそう簡単にこの胸から離れないもの。

ええ、今度の模擬戦闘では正々堂々とターゲットを集中させていただきましょう。」

マシュ「(静かに怒ってます!)」