叶わぬ夢を望むのは愚かなのだろう。惨めかもしれない。だが…決して叶わぬ夢だとしても。それを望んではならない、などという軛はない。

幕間の物語(男性鯖)

エルキドゥ「逃亡とは。

しかも思ったより速い……!

追うよ、マスター!」

——まだるっこしい!

乗り手へシアンに命じて、マスターを体に乗せる。

ナーサリー「——あら。」

エルキドゥ「……ほう。」

全力で魔獣の後を追う。

上で悲鳴が聞こえるが、そこは乗り手がカバーするだろう。

同族を殺したことに躊躇いはない。

だが、憤りはある。

その憤りが何に起因するかも考えぬまま、獣はひた走る。

腐臭漂う森へと踏み入った。

だが、足は止めない。

あの魔獣を殺す。

ただその一念で、探し続ける。

——なぜ厭う。

——なぜ忌む。

それは、あの魔獣が己のようだからだ。

望んで生まれた訳ではないだろう。

望んで殺した訳ではないだろう。

だが、どこかのタイミングであの魔獣は己を見失った。

魔獣から、怪物に成り変わろうとした。

獣にとって、それは禁忌である。

……この新宿での、かつての殺し合いを思い出す。

獣から魔獣へ、魔獣から怪物へ。

心だけは獣であろうとしても、復讐の炎が容赦なく侵食した。

——そう。

モリアーティの召喚に応じた時点で、最早、自分は怪物だった。

怪物の末路など、神話の時代から決まりきっている。

周囲に災厄を撒き散らし、怯えながら、あるいは嘆きながら死に果てる。

あの魔獣が怪物に成り果てる前に、始末をつけさせてもらおう。

——見つけた。

向き合い、牙を剥き、そして力を溜める。

乗り手が、マスターをそっと降ろした。

これで一切の憂いはなく。

——躍りかかる。

(戦闘後)

大樹に体をぶつけて反動で跳ね返り、体を捻りながら斬撃。

暗黒の刃と、獅子の牙が煌めき、宙空で激突を繰り返す。

ただの狼でありながら、魔獣に変転したモノと——

生まれついて、そうあれかし・・・・・・と謳われた異形の魔獣キメラ

山羊の角で、獣の牙が届かない。

獅子の牙で、乗り手が圧される。

そして蛇の尾が、執拗に全身へ噛みついてくる。

迸る血が、獰猛さを加速させる。

煮えたぎる憎悪が、更なる進化を呼び覚ます。

——どうする、やれるか?

声は乗り手へシアンのもの、はたまたマスターのものか。

いずれにせよ、その問い掛けには肯定の咆哮で応じよう。

やれるとも。

マスターに合図を送る。

頷いた彼が令呪を発動させる。

身を震わせ、その魔力を浴びる。

——どうする、やれるか?

再びの問い掛けに、再びの肯定。

それで、これが自分自身の内側から漏れ出た問い掛けだと気付く。

やれる。やれる。やれる。やれる。やれる。やれる。やれる。やれる——

殺る・・

乗り手が手放した死神の鎌のような剣を、獣は咄嗟に噛み締めた。

同時に、乗り手の外套マントが刃のように変化する。


突進——閃光あるいは弾丸のように。

斬撃——それこそ死神そのもの・・・・

即ち。

遙かなる者への斬罪フリーレン・シャルフリヒター』……!

山羊の角と蛇の尾は乗り手がその悉くを防ぎ、獅子の牙は、それが届くより先に刃が首を刎ねていた。

勝負は刹那で終わり、後には静寂と血臭だけが残る。

咆哮することもなく、獣は事切れた魔獣を睥睨していた。

嬉しくはないが、悲しくもない。

ただ、少しだけ感傷に浸る。

駆け寄るマスター。

危なっかしい足取りで、それでも一刻も早くとばかりに走っている。

不用心で困る、と獣は嘆息する。

「……ありがとう。無事で良かった」

別にどうということはない、と獣はそっぽを向いた。

——そうして、ぼんやりと空を見上げた。

月光の星の瞬きも、最早自分には似合わない。

自分に似合うのは、森の隙間から垣間見える人が造ったネオンの、鮮やかな光だ。

それでもいい、と獣は嗤う。

あの荒野へ永遠に帰れないとしても。

あの荒野を失う訳にはいかない。

決して。

消えてしまっていいものではない。

エルキドゥ「——子孫のため、らしいよ。

ロボとブランカの間には子供がいた。

彼らはもしかしすると・・・・・・上手く生き延びて、成体になったかもしれない。

数を増やし、北米を脱出し、別の国へ向かったかもしれない。

可能性はきっと低いのだろう。

既に彼の血を引く狼は絶滅している、そう考える方が妥当かもしれない。」

ナーサリー「けれど、どこまでいっても可能性はゼロにはならないわ。

夢見る権利は、狼にだってあるはずよ!」

獣は叶わぬ夢を見る。

荒野を喜びに駆け抜ける自分と、ブランカと、子供たち。

叶わぬ夢を望むのは愚かなのだろう。

惨めかもしれない。

だが……決して叶わぬ夢だとしても。

それを望んではならない、などというくびきはない。

ならば、その夢を信じ、その夢に殉じよう。

……その一点、その一点こそが、己が召喚に応じた理由。

この身に体重を預けている、なんともか弱い・・・人間を守る理由だ。

獣は月下に哭き、荒野を追想する。

道のりは遙か彼方。

けれど迷わず、惑わず、狼王は歩き続ける。

そして、ふと気付いた。

寄りかかるマスターの重みは……。

無邪気に抱きつく子供のようだ、と。

吼えろ、生きろ、噛み砕け、滅びろ。

——守れ。