儂に足らなかったのは、その心の余裕というやつよ。正義にはなれず、悪にもこだわれず。ならば、せめて。残して伝えるべきだと思うてな。

幕間の物語(男性鯖)

子供に教えられた山道を歩きながら、男は闘志を滾らせます。

今の彼ならば、飢えた虎とて逃げ出すでしょう。

殺意と歓喜を滾らせ、隠そうともせず。

眠っていた鳥すら、騒ぎ立てる始末でした。

男「ふむ。

どちらでも良いが……どちらがいい?」

盗賊「ああ? テメェ、何者だ……!」

盗賊「ひ、ひいいい!?」

男「互いに話すことはない。

とっとと仲間を集めてこい。」

盗賊「だ、誰か!

誰か来てくれ! 早く……!」

盗賊「何だ。

村の連中が雇った武術家か?

あの野郎、ビビりやがって。

たった一人じゃねえか!

そう邪険にしてやるな。

夜盗にしてはいい仕事をしてくれた。

引き受けたはいいが、捜しものは億劫でな。

全員集まってきたのは都合がいい。

数は覚えた。

事が済んだ後、死体の数を数えれば取り逃しはないという訳だ。」

男の言葉に、盗賊たちが殺気を募らせる。

だが遅い、と男は思った。

本当に殺したいのであれば——

取り囲む前に、攻撃すべきだったのだ。

男「一人も逃すつもりはない。

遠慮なくかかってこい。」

男が、牙を剥いてニィと笑いました。

(戦闘後)

盗賊「化物……か……!」

屍が山積みされています。

男の体にも、傷がついてない箇所などなく。

されど、男の歩みにも拳にも些細なことでした。

首領「ひ、ひいい。

ひいいいいい!

助けて、助けてくれ!

何でもする、アンタに仕える!

もう二度と人殺しなんて……!」

男「改心が遅かったな。

これは、貴様が殺した村人からの返礼だ。」

血が、懐剣を染め上げていきます。

男は一切の容赦なく、盗賊たちを退治しました。

男「……では懐剣を返すとするか。

しかし血塗れではな。

水でも浴びてからとするか……。」

男は暗雲立ち籠める山を降っていきます。

先ほど向かった、あの少年の待つ村へと。

ああ、しかし——

男「これは……。」

そこには、誰もいませんでした。

人の気配はなく、そもそも住んでいた風でもなく。

放棄されて、数年が経過しているであろう様子が見て取れました。

男「……そうか。

因果応報は即決であるべきだが。

最初から、間に合ってはいなかったとは。

つくづく役に立たぬ男よ。」

懐から取り出した懐剣は、既に朽ちかけていました。

男「……さて。

いったい、誰の無念を晴らしたものか。

出来得るならば、おまえが仇を取りたかったろう。」

——蕭々しょうしょうたる風の音。

誰もいない、薄ら寂しい村を男は後にします。

李書文「……あの時の儂には確かに力があった。

だが、解決はできなかった。

いかな力を以てしても、過去の事象を好転させはしない。」

胤舜「ふーむ。

しかし、それはどうなるものではない。

時に人は無為の死を迎える。

全ての死に意味はなく、全ての生に理由もない。

彼らを悼むことは必要でしょう。

しかし救おうと願うことは——」

李書文「呵々。百も承知だ。

儂とて仏にはほど遠い身。

全ての衆生を救おうなどとは考えておらぬよ。

ただ——

教えられるものはある。

伝えられるものはある。

儂に足らなかったのは、その心の余裕というやつよ。

正義にはなれず、悪にもこだわれず。

ならば、せめて。

残して伝えるべきだと思うてな。

凶拳とて何かを守ることもある。

理不尽を打破する役に立つこともある。」

胤舜「——しかし書文殿。

それは過去の己との決別に他ならない。

後悔など、なかったのですか?」

李書文「後悔?

あったとも。

日々衰えゆく自分。

日々なまくら・・・・になってゆく拳。

そういったものに、後悔を抱かぬはずはない。

しかし、それも全て帳消しになったとも。

儂がここにいることでな・・・・・・・・・・・。」

胤舜「……ああ、なるほど。

そうかそうか、それは確かに!

うむ。そうさな。

今更ながら拙僧もそうあるべきだったかな。」

李書文「さて、茶飲み話もここまで。

ではマスター。そろそろ出立とするか。」

「準備はできた?」

李書文「無論。

この拳、お主のために振るうとしよう。」

——日々衰えていく肉体。

——日々鈍っていく拳。

若い自分が、せせら笑っているようにも思えます。

“なんて無為な日々を過ごしたのだ”と。

けれど、老いた男はその言葉をなお笑い飛ばします。

凶拳は最早、己のためだけにある武器ではなく。

後の道を歩む者への、大切な武器となったのですから——