儂は今から貴様の槍だ。貴様の拳だ。その怒り、その憎悪が正当であると己自身に誓えるのなら。儂はぬしのために、この凶拳を叩き込もう。

幕間の物語(男性鯖)

——それは。

昔々のお伽噺です。

男は禍々しい風貌と、凶拳を持つ拳士でした。

男は飽くなき強さを求め、あらゆる者と戦いました。

当然のように男は勝ちました。

それは男の才に依るものか。

あるいは弛まず練り上げた努力の量か。

いずれにせよ、男は不敗の伝説を積み上げていきました。

振り返れば、男の道程には屍の群れ。

当然、野良犬ですら男に懐くことはありません。

男の醸し出す殺気が、全ての生物を畏怖させていたのですから。

同輩はいました。

師匠もいました。

しかし、どうしてか常に彼は一人を好みました。

男「行き着く先は野垂れ死にか。」

そういうものなのだろう、と。

男は理解していました。

凶拳の行き着く先は、自滅アポトーシス以外の何者でもなく。

いずれ、倒れる日が来るのだろう。

そう思いつつ、彼は今日も凶拳を振るうのです——

——そして。

今日も当たり前のように屍が積み重なりました。

男「チッ……。」

とはいえ、いつもいつも無傷という訳にはいきません。

血塗れ、血みどろ、あかの虎。

そんな彼は、月からも厭われるようで。

当然、声を掛ける者など誰一人として——

男「む?」

子供「わ、死体だらけ。

おじさんがやったの?」

男「やったのか、と問われればやった、と答えるしかないだろうな。

“試合”による殺しは一日一人と決めているが、これはそのように行儀のいい話でもなかった故。」

子供「そう。僕も、殺される?」

男「まさか。

ぬしでは、あまりに拳の振るい甲斐がない。」

子供「なあんだ。つまんないの。」

男はその言葉に、顔を顰めました。

道徳を語るほど偉ぶるつもりはありませんが——

それでも、子供にそんな言葉は相応しくないと。

そう思ったのです。

男「向こうへ行け。

子供が見ていいものではない。」

子供「いいじゃん。

そいつら、兄ちゃんの仇なんだし。」

男「……賊の輩だったか。」

子供「うん。」

男「ならば、これで気も済んだだろう。

家へ帰れ。」

子供「でも、まだいるよ?」

男「む。」

——子供が言うことには。

近くに住み着いた盗賊たちは、周囲の村を襲っては逃げを繰り返していること。

ここいらには官憲の目も届かず、どうしたものかと悩まされていること。

そして。

非道に憤った兄を殺されたこと。

そんなことを、滔々と述べました。

男「そうか。」

男はその非道に関心はありません。

ただ、男が向かわなければこの子供は早晩に死ぬでしょう。

何故なら、子供の目は決意に溢れていました。

自分もやってやるんだ・・・・・・・・・・、という決意に。

男がそれに手を貸す義理はなく、賊に対する憤りもありません。

——ただ。

男「……ぬしは倒しに行くつもりなのか。」

子供が、懐剣を忍ばせていることに男は気付きました。

子供「うん、そうだよ。

仇は取らなくちゃいけない。」

男「死ぬだろうさ。」

子供「いいよ、別に。」

男「……童が生き死にを己で決めるべきではなかろう。」

子供「……でも!

誰かがやらなきゃいけないんだ!

誰かが!

あいつらに、思い知らせなきゃいけないんだ!」

男「誰かが、か。

誰であろうと構わぬのなら、因縁も理由も必要無し・・・・

であれば、赤の他人が出ても良し。

うむ。筋が通った。

その懐剣をよこせ。

儂がそいつらに突き立ててやる。」

子供「……!」

男は、訥々とつとつと続けます。

男「実のところ、儂の拳にも理由はない。

だからこそ振るう機会を常、求めている。

夜盗どもが金を積むか、道ばたの小僧が命を捨てるか。

どちらも儂にとっては同じ事だ。

だが、たまたま、今回はぬしと縁があった。

その縁に従い、儂は今から貴様の槍だ。貴様の拳だ。

その怒り、その憎悪が正当であると己自身に誓えるのなら。

儂はぬしのために、この凶拳を叩き込もう。」

子供「……本当、に。」

しゃがみ込んだ男の目は、真っ直ぐに子供を見据えます。

ほろりと、涙を流した彼は懐剣をしずしずと手渡しました。

子供「仇を、取ってください。」

男「引き受けた。

——ぬしの命を預かろう。」