岩窟におわす聖母マリアの絵画さ。うん。おそらくあの頃の私は母性に焦がれていた——のかもしれないな、と思う訳だ。

幕間の物語(男性鯖)

——母の死を見送ることができた。

——それは、大きな幸運だったと言うべきなんだろう。

ああ。

本当に、そう思っているよ。

ダ・ヴィンチ「……そう。昔の話さ。

ずいぶんと昔のこと。

我がダ・ヴィンチ家はヴィンチ村に代々続く公証人の家系で、それなりに裕福と呼べる家だったんだ。

身分違いの恋、と一言で述べてしまうのは何だか風情がなくて好きではないけれど、まあ、つまるところはそういうことだったんだろう。

然もありなん、だ。

我が母、麗しきカテリーナ。

平民である彼女はダ・ヴィンチ家の男であるセル・ピエロとの結婚叶わず、しかし、一子をもうけた。

玉のような子をね。

つまりはこの私。

レオナルド・ダ・ヴィンチさ。

それはそれは可愛い子供だったとも。多分ね。

いや、証言および推測からまず間違いなく可愛かったな。

間違いない。

ふふ、そういうことにしておこう。

母は……

母カテリーナは私を生んだ後に父とは別の男性と結婚し、多くの子を生み、家庭を作った。

それはそれで良いことだ。

結婚できない相手と関係を続けるよりは余程めでたいし、私の面倒はダ・ヴィンチ家の祖父や叔父が見てくれた。

私はすくすくと育ち、文字通りに溢れんばかりの才能を発揮してさまざまな事柄を成していった訳だが……

私は、私を生んでくれた母のことを気に掛けた。

それなりに。人並みに。

取り立てて特別という訳じゃない。

充分それ以上だ、とボッティチェリは言ったような気もするが、あれはそういう男だからまあどうでもいい。

私が四十歳の時だったかな。

母カテリーナは病に伏して、そのまま天に召されていった。

その頃には私はある程度の金を持っていたし、母の面倒を見たりもしていたから、うん。

そうだな——

床で眠るようにして旅立つ彼女を見送ることができた。

ああ、葬儀も行った。それなりの規模でね。

…………泣いたかどうかは、よく覚えていない。

本当さ。

あまりよく覚えていないんだ。

ただ、そうだなあ。

泣いたと思うよ。

あの頃の私はまだ四十歳の若造で、感じやすかったろうし、何より、今ほどは……

…………天才らしい達観を身に付けてはいなかったから。」

ホームズ「寝覚めが良くなかった、という顔だね。

ミスター藤丸。

また何か面白い体験をしたのかな?

契約中のマスターは睡眠中にさまざまなものを見る、とデータには記録されている。

昨夜も何か?」

「ダ・ヴィンチちゃんの夢を見たような気がする」

ダ・ヴィンチ「なんだろうねえ。

私は覚えがないけれど、藤丸君がそう言うのなら真実かな。

戦闘につれていけるくらいの契約をしたことで、繋がりが濃くなっているのかな?

嬉しいね。

自分で制御できる訳じゃないのがもどかしいけど、それはそれ。

我がマスターが新たな体験を得たのだから、ここは喜んでおこうじゃないか!

それで……

具体的には、どんな夢だったんだい?」

「確か、誰かの話をしてた——」

ホームズ「ふむ。

生前に関係のあった人物にまつわる話かな?」

ダ・ヴィンチ「へえ、誰だろう。

私はこれでも結構色んな人々と交流があったから……

ボッティチェリ?

ミケランジェロかな?

ロレンツォ豪華王?

もしかしてイザベラ・デステ夫人?」

ホームズ「ミスター藤丸の表情を見るにいずれも不正解。

歴史的な人物の話ではなかったのかもしれないな。

では質問だ。

夢の中で話をしている時、ダ・ヴィンチ氏はどんな表情を浮かべていたのかな?」

「泣いていたような気がする」

ダ・ヴィンチ「え?

あはは。

またまた、私はそうそう泣いたりしないぜ?」

ダ・ヴィンチ「……起こしてしまったかな。

それとも、まだ眠りに落ちてはいなかったかい?

どちらにせよ就寝時間にすまないね。

いや、何。

見当は付いていると思うけどね、うん。うん。

昼間に話していた事が気になってしまったんだ。

そうさ。

キミが見たという夢のこと。

私が“誰か”について話していたっていうアレさ。

まずはひとつ謝っておくよ。

キミがヒントをくれた時点である程度の心当たりはあった。

ただ、さすがに少し気恥ずかしくてね。

管制室にはカルデアの職員たちもちらほらいたから、こう、ね!

仮初めとはいえ上司としての立場がある以上、あんまり感傷的センチメンタルな話もしにくい。

……ホームズ?

彼はまあ、ああいう人物だからどうせ見抜いているだろうし、どうでもいいさ。

ともかくだ。

私には心当たりがある。

きっと、母についての話をしていたんだ。私は。

……ヴィンチ村のカテリーナ。

我が麗しの母。

幼い私をその手で育てる機会は遂になかったけれど、それでも、確かに私を世界に生み落してくれたヒト。

生命をくれた女性。

私は彼女を大いに愛していたし、きっと彼女も私を愛してくれていた。」

「今のダ・ヴィンチちゃんに似ていた?」

ダ・ヴィンチ「ふふ。どうかな?

笑顔の素敵な女性だったのは確かだよ、私にはね。

事情があってね。

彼女は正真正銘、私の母ではあったが、我が父セル・ピエロの妻になることは叶わなかった。

このあたりの話は、夢の中で語ったかもしれないな。

だからまあ、うん。手短に。

…………。

…………私はね、晩年の母と一緒に暮らしていたんだ。

ミラノでね。

あの頃には多少の余裕もあったから、生母をわざわざ呼び付けてしまった訳だ。

少ししてから彼女が病に倒れてしまった時には、それはもう、慌てたの慌てないの——

……思えば私は、愚かしくも、母の寿命を消耗させてしまったのかもしれない。

そんな風に後悔をしたことがないと言えば嘘になる。

でも、な。

母子おやこふたりで過ごすことのできたミラノでの二年間は、私にとってはかけがえのない時間でもあるんだ。

…………。

私の作品に“岩窟の聖母”というものがあるんだけど、キミは知っているかな?」

「分からない——」

ダ・ヴィンチ「いい絵だよ。

今度見せてあげよう。

アレは母を呼ぶ数年前にミラノで手掛けた作品なんだ。

出来にはそれなりの自信があるけれど、まあこれが、納期をひどく遅らせてしまってねえ。

それはもう遅れに遅れた。

笑ってしまうくらいにね!

え、笑い事じゃない?

うん。そうだね。

それはそうだ。そうだとも。

クライアントの信心会の坊さんはそりゃあ怒った!

私も報酬に納得していなかったから逆に怒ったけども!

…………。

……名の通り、岩窟におわす聖母マリアの絵画さ。

うん。

おそらくあの頃の私は母性に焦がれていた——

——のかもしれないな、と思う訳だ。

サーヴァントとして第二の生を得た身で振り返るとね。

聖母を描くうちに母を想い、焦がれて、あるいは何らかの直感を得た上で、遂に母を呼び寄せた。

後悔先に立たず、というのはキミの国の言葉だったかな。

私としては、覆水盆に返らず、という言葉の方が好きだ。

ヒトの人生というのは実にこの言葉に象徴される。

……………………等と、言っておきつつ。

大好きなのは孫子の言葉の方かもしれない。

兵は拙速を尊ぶ、ってね!」

ホームズ「それはつまり、こういう事で良いのかな?

ミスター藤丸の夢に対して、英霊レオナルド・ダ・ヴィンチは何らかの予感を得て、生前に生母を呼び寄せた時のように——

——何らかの行動を起こしたい、と。」

ダ・ヴィンチ「う。いつから……」

「ホームズの言っているので正解?」

ダ・ヴィンチ「悔しいが、ま、そうなるかな。

私はキミの見た夢に対して、母の時と同じくらいに、行動に移りたいと考えている。

そしてソレは前回同様、キミの協力が必要なのさ。」

ホームズ「前回?」

「ミケランジェロの……」

ダ・ヴィンチ「覚えていてくれて嬉しいねぇ。

そう、まさにソレ。

私は再び、懐かしい気配を感じている——」